10の質問 笠原信雄 肺がん

1.お名前(仮名・ハンドルネーム)をお書きください。
  笠原信雄

2.植松稔先生とその治療を知った経緯を教えてください。

 ーーこの時点までの経過詳細略ーー
2007年6月17日、伊豆高原ヒポクラテツクサナトリウムの石原結實先生より植松先生への紹介状を急遽頂き、翌日朝一番で慶応義塾大学病院の外来へ植松先生を尋ね、治療法を教えていただき、先生の著書を即購入、その内容に感服、お任せしようと思つた次第です。

3.植松先生の治療を受けられたのはいつ頃ですか?

 2007年8月21日から10月6日まで。

4.それはどの様なご病気、どの様な状況での受診ですか?

 右肺癌ステージ3B、リンパ節多発転移。

全身すみからすみまで、精密検査を受け、癌の診断を下されたとき、70歳で会社務め現役、無痛で自覚症状まつたくなし。
普通に健康な日常生活をおくつていました。

5.治療後はどのような経過をお過ごしですか?

 年2回PET=CT検査で鹿児島へ。
普段は体力、脚力維持のため毎早朝7キロ強の距離を90分かけて散歩、途中80段の階段を2往復、継続が大事と慣習化。
また、NK細胞を活性化させるため趣味の旅行を年数回、主として北海道、東北地方へ。
2015年11月あとすこしで79歳、すこぶる健康そのもの。

 

6.植松先生の治療を受けようと思った決め手を教えてください。

 植松先生のお話と先生の著書から、治療方法そのものには納得していましたが、鹿児島市内のオンコロジーでしか治療を受ける事ができないということにひつかかり、決めきれなかつたところ、前述の石原結實先生から、なにをまよつているのですか、欧米じゃあなし、鹿児島でしょ、すぐ行きなさいの一言にいつきにふつきれました。
2007年7月7日植松先生のセカンドオペニオンをうけ、8月21日にマイカーで鹿児島着、その日から即治療開始。

7.植松先生の治療を受けて「がん」または「がん治療」についての考え方の変化はありますか?

 先生の治療法は、それまでに私が見聞きしてきた従来の癌患者の有り様とはまつたく違つていました。植松先生の治療法は、まつたく痛みや苦痛を伴うことなく、食欲旺盛で、自分本当に癌なのと疑いたくなるような、鹿児島での46日間でした。

8.万が一の場合、知人、友人、家族に植松先生の治療を勧めますか?

 勿論おすすめです。
放射線照射治療の経験豊富な優秀なプログラミングデイレクターである医師の存在。
経験豊かな凄い放射線照射技師陣。
よりベターなすぐれた設備がととのつていること。
以上の3拍子そろつたオンコロジークリニツクだからこそ私は完治したと確信しています。
だからこそおすすめするのです。

9.治療を受けて印象に残ったことなど、ご自由にお書きください。

 家内同伴で通院に徒歩5分のホテルに46日間滞在し、毎朝城山へ50分かけてトレツキング、天文館界隈で美味しいランチの店を調べ食べ歩き、マイカーで行つていましたので休日は鹿児島県下のほとんどの名所、熊本、宮崎へも遠出、先生が学会にでられた5日間の休みを利用して屋久島へ。。。
家内ともども、たつぷり楽しい旅行気分を満喫しました。

10.UMSオンコロジークリニック(旧:UASオンコロジーセンター)、植松先生の治療を検討されてる方へ一言。

 2010年11月24日のPET=CT検査で5・5センチの腹部大動脈りゅうを見つけて頂き、翌3月25日ステンドグラフト留置手術。また2012年1月31日には腰部脊柱管狭窄症手術を。
しかしながら、一番大変な難病の肺癌の治療が一番楽ちんでした。
追記 植松先生の著書、明るいガン治療2のページ20進行肺ガンの実例写真は私です。ページ149から155ページまで治療体験談を載せて頂きましたので参考になれば幸いです。治療法を決めるのはあなた自身です。幸運をつかまれますように。

 
 

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