防衛医大で治療したわたしの場合 Strawberry Smoothie

1.お名前(仮名・ハンドルネーム)をお書きください。Strawberry Smoothie2.植松先生の治療を受けられたのはいつ頃ですか?

平成16年12月
防衛大で治療が受けられた最後の方の患者です。

3.それはどの様なご病気、どの様な状況での受診ですか?

乳がん(左) T2N0 ER(+)

・入浴中、自身でしこりに気づき、総合病院 の乳腺外科で診察を受けたところ、乳がんの診断を受ける。
手術、抗癌剤、放射線による治療が提案される。

・どうしても乳房切除には抵抗があり、他の治療方法を模索していたところ、集束超音波手術(FUS)で乳がん治療をしている病院を見つける。
すぐに診察を受けるが、しこりの大きさがその方法には適合しないとのことで、始めの病院同様に、手術を中心とした治療を提案される。

・当時、転勤で、東京を離れていた私は、治療方法が決まるまでは、会社に病気の事は伝えず仕事を続けていた。
休みの度に、自分の病気についてあれこれ調べていたが、何を調べても、手術以外の治療方法は見つからず、また、調べれば調べるほど、病気の怖さ、治療の辛さがわかってくる。
そうしている間にも時間はどんどん過ぎ、焦りが募る。

もはや、これ以上時間を費やす意味はないであろうと、今度は東京の、どの病院で治療をしてもらうかについて考え始めていたところ、東京にいる父から電話が入る。
「防衛大の放射線科に素晴らしい先生がいる。すぐに東京に戻り、植松先生に診察をしてもらうように。手術をするかどうかの決断はその後にするように。」と強く勧められる。

昔から新聞を隅から隅まで読むタイプの父は、以前から、関心のある記事をランダムにスクラップしていた。その中に植松先生の記事があることを思い出し、その記事を元にすぐに植松先生の著書「明るいがん治療 ‐切らずにピンポイント照射‐」を入手した。

本の内容を確認し、是非娘の治療をお願いしたいと考えた父は、今度は、母を伴い防衛大までのアクセスの確認がてら、放射線科の様子までも下見に行ってくれていた。
その間、両親は偶然にも廊下で先生とすれ違ったり、待合室で順番を待つ患者さんを呼ぶためにわざわざ植松先生自ら診察室から顔を出される様子を見ることができた。
先生のちょっとした言葉がけや、表情、立居振舞などから、両親は、「植松先生は、その治療の手腕や知識のみならず、素晴らしい人格をも、兼ね備えた方に違いない」と確信したとの事だった。

その後、私自身も先生の本を読み、防衛大を訪れたが、両親が私に伝えたかったことは、初めて先生に診察をして頂いた、その日に全て理解できた。
当然その場で、先生に治療をお願いすることとなった。

※ 転院に伴う医師とのやりとりに於いて、難しい点は無かった。

4.治療後はどのような経過をお過ごしですか?

再発、転移も無く間もなく9年が過ぎようとしています。
自分が、がん患者であった事など、普段は忘 れている程、以前(治療前)と全く変わらな い生活をしています。

※ピンポイント照射の部位については、少し硬くなっており、ごく薄い色の、小さな、そばかす状の点がありますが、何れも本人以外は全く気づかないはずです。
また、言われたとしても、他の人は分からないと思います。(あくまで私のケースですが・・。)

5.治療を受けて印象に残ったことなど、ご自由にお書きください。

1.治療が楽であったこと。
当時は、3次元照射であった為、照射中は、胸の動きを最小限にする為、小さく 浅く呼吸する事が必要と言われていたが、それが自分でうまくできているのか、いつも心配していましたが、何しろ治療を受けている感覚はありません
。無痛で、単にMRIの検査を受けているのと同じ感覚した。

なお副作用については、言われている通り、日焼け程度に皮が剥けたものの、私の場合は痛むほどではなく、ただ、赤くなり、カサカサとしてきて、少し痒かった。そのくらいです。その他、副作用的な症状は一切無いまま終了しました。

2.安心して治療を受けることができたこと。

・先生は「乳がんの患者」という、くくりではなく、「私のがん」と向き合ってくださっているという事が随所に感じられました。
また、病気の事のみならず、患者の気持ちも理解してくれている事が感じられる、細やかな配慮をしてくださいました。

・不安なことは、躊躇することなく、伺うことができました。そしてその都度、必ず信頼のできる回答をしていただきました。

3.その他、植松先生について。(治療とは全く関係ないこと)

・本の写真にも増してイケメンである事に驚きました。

・お髭がある時と無い時があるが、それに法則がきっとあるに違いない・・、それは、何なのかな・・と、何度か、あれこれ想像しました。

・身だしなみには、かなり拘りが有り、おしゃれである。
流行に流されず、気に入った物を自分で選び、愛情を持って大切に使うタイプに違いない・・と勝手に思っいます。

・再発や転移の有無を確認する検査後、結果に異常が無いことを伝える先生は、「うん、今回も何もありませんでしたね。良かったですね」と、淡々とした言葉で伝えてくれるが、その表情は、優しく、嬉しそうで、一緒に喜んでくれている事が分かります。

6.UMSオンコロジークリニック(旧:UASオンコロジーセンター)、植松先生の治療を検討されてる方へ一言。

私が植松先生の治療を受ける事ができたのは、父のスクラップにあった新聞記事がきっかけですが、その父が現在82歳。
実は昨年「胃のマルトリンパ腫」という病気の治療で、UMSオンコロジークリニック(旧:UASオンコロジーセンター)で植松先生に治療していただきました。
なんと親子二代でお世話になった訳です。

勿論、父の場合は、可能であるなら植松先生に治療して頂きたいと、始めから強く希望しておりました。しかしながら、私が治療をして頂いた時代とは異なること・・、例えば鹿児島というロケーション、高齢、治療費など、いくつか、改めて考えなくてはならない事がありました。

これから初めて植松先生の治療を検討される方なら、尚更の事でしょう。

父の鹿児島での治療については、私も同行しておりましたので、その時の様子を、追ってお答えする、「オンコロジーセンターの患者」のアンケートの中でお伝えします。そちらを参考にして頂けましたら幸いです。
こちら⇒「100の質問わたしの場合 Strawberry Smoothieの父」

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